【病態】
薬物の主作用や副作用の発現には個人差や人種差がある。この要因の1つとして知られているものに、遺伝子の変異がある。疾患発症に関わる遺伝要因の解明や薬物応答に関係する個体差の解明を目的として、遺伝学的検査を実施する。
本症例では、新たにFOLFIRI(フルオロウラシル、レボホリナート、イリノテカン塩酸塩水和物)+パニツムマブ療法に変更となったため、これらの薬剤に関連する遺伝子検査が必要である。
1 誤。上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子変異検査が必要な薬剤には、ゲフィチニブがある。EGFRは膜貫通型受容体チロシンキナーゼであり、このチロシンキナーゼ領域の活性化(リン酸化)ががんの増殖、進展に関わるシグナル伝達に重要である。肺がんの一部などでEGFR遺伝子変異が生じることが知られている。
2 正。RAS(KRAS及びNRAS)遺伝子変異検査が必要な薬剤には、パニツムマブがある。パニツムマブは、ヒト型抗EGFRモノクローナル抗体製剤である。RASタンパクは低分子グアノシン三リン酸(GTP)結合タンパクであり、KRAS、NRAS、HRASの3種類のアイソザイムが存在する。EGFRなど上流からの刺激により生成した活性型RASは、セリン/トレオニンキナーゼ活性化を引き起こし、下流のシグナルカスケードを活性化する。RAS遺伝子変異によりEGFRと無関係に恒常的な活性化状態となり、過剰なシグナルが、発がんやがんの増殖を促進させる。KRAS遺伝子変異型の患者にはパニツムマブが無効となる。
3 正。UGT1A1遺伝子検査が行われる薬剤には、イリノテカン塩酸塩水和物がある。グルクロン酸抱合に関わるUDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)には多くの分子種が認められており、そのうちUGT1A1が最も強い関与を示す。イリノテカン塩酸塩水和物の活性代謝物(SN-38)の主な代謝酵素であるUGTの2つの遺伝子多型(UGT1A1*6、UGT1A1*28)について、いずれかをホモ接合体又はヘテロ接合体としてもつ患者では、UGT1A1のグルクロン酸抱合能が低下し、SN-38の代謝が遅延し、重篤な副作用の発現頻度が高くなる。
4 誤。B-Raf遺伝子変異検査が必要な薬剤には、ベムラフェニブがある。RAFはRASにより活性化され、下流のMAPキナーゼにシグナルを伝えるセリン/トレオニンキナーゼの一種であり、ベムラフェニブは、活性変異型のB-Rafキナーゼを阻害する。悪性黒色腫の患者の多くでB-Raf遺伝子の変異が早期から見られる。
5 誤。Bcr-Abl融合遺伝子検査は、慢性骨髄性白血病の診断などに用いられる。慢性骨髄性白血病では、90%以上の症例で22番染色体にあるBCR遺伝子と9番染色体のABL遺伝子が融合したBcr-Abl融合遺伝子が見られ、融合によって出現する染色体をフィラデルフィア染色体とよぶ。
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