日本腎臓学会は2020年9月29日、昨年から今年にかけて相次いで承認された腎性貧血治療薬である低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素(HIF-PH)阻害薬に関して、「HIF-PH阻害薬適正使用に関するrecommendation」を同学会ウェブサイト上で公開した。HIF-PH阻害薬の作用機序から考えられる有害事象、臨床試験で報告された副作用を十分理解して使用することを呼びかけた。
低酸素誘導因子(HIF)は低酸素に対する防御機構を担う転写因子で、酸素依存性に活性を持つHIF-PHによって発現量が調節されている。HIFは赤血球の産生を促すエリスロポエチンや血管新生を促す血管内皮増殖因子(VEGF)などの発現制御を介して臓器への酸素供給を助ける作用がある。HIF-PH阻害薬は、HIFを不活性化する作用を持つHIF-PHを阻害することで、活性型のHIFを増やすため、結果として正常酸素濃度下でもエリスロポエチンの産生促進をはじめとする低酸素応答を誘導できる(関連記事)。
腎性貧血の治療薬には、赤血球の産生を促すエリスロポエチン製剤があるが、HIF-PH阻害薬はエリスロポエチン製剤と同様の効果が期待できる経口薬となる。2019年11月に1剤目となるロキサデュスタット(エベレンゾ)が「透析施行中の腎性貧血」の適応で発売され、今年8月には、「腎性貧血」に適応を拡大したバダデュスタット(バフセオ)およびダプロデュスタット(ダーブロック)が発売された。9月には4剤目となるエナロデュスタット(エナロイ)が承認されたばかり。
新薬が相次いで使用可能になる一方で、これまでにない新しい作用機序を持つ薬剤であること、理論上は低酸素に対する防御機構を誘導することによる生体防御効果が期待できるものの、がんや網膜疾患など血管新生が疾患の増悪に働くような病態ではHIFに起因する副作用の可能性も懸念されることから、同学会は適正使用に関する勧告を示した。まだ日常診療での使用経験や臨床試験での評価も十分ではないため、専門家によるエキスパートオピニオンとして勧告の内容をまとめている。
同勧告では、HIF-PH阻害薬は、ターゲットとなるヘモグロビン(Hb)値を、保存期慢性腎臓病(CKD)患者で11~13g/dL、透析期CKD患者で10~12g/dLとした。エリスロポエチン製剤とHIF-PH阻害薬のどちらを選択するかについては、個々の患者の状態や嗜好、通院頻度、ポリファーマシーや服薬アドヒアランスなどに応じて医師が判断するものとしている。また、エリスロポエチン製剤からの切り替えについては、エリスロポエチン抵抗性の原因を検索すべきであるとした上で、その原因が不明または対応が困難な場合(鉄利用障害など)に、HIF-PH阻害薬を考慮することを推奨した。なお、エリスロポエチン製剤とHIF-PH阻害薬の併用は想定されておらず、行うべきではないとしている。
HIF-PH阻害薬によって鉄利用障害が改善することから、投与時には鉄が十分に補充されていることが肝要となる。そのため、フェリチン100ng/mL未満、トランスフェリン飽和度20%未満をHIF-PH阻害薬使用時の鉄補充の目安として示した。目標Hb値に到達しない場合は、HIF-PH阻害薬の増量よりも鉄欠乏状態を評価した上で鉄補充を優先するとしている。
同勧告では、様々な疾患・病態などへの影響が検討されている。その中でも悪性腫瘍や網膜疾患など血管新生が疾患の増悪に関わるものについては、HIF-PH阻害薬の使用に際して、事前に疾患の精査を行うことを推奨した。HIF-PH阻害薬がHIFの活性化を介して、VEGFの発現を亢進する可能性があるためだ。
また、添付文書上でも警告されている通り、HIF-PH阻害薬には血栓塞栓症のリスクがある。血液が急激に粘稠になることが血栓塞栓症の原因となり得るため、Hb値の上昇速度が0.5g/dL/weekを上回らないようにする他、血栓塞栓症の既往や兆候に留意することが推奨された。
同学会は、今後臨床現場におけるエビデンスが蓄積されれば、同勧告を適宜改定するとしている。













